りょくけん東京

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子噺 社長日記

夏の山梨は、産地の宝庫なんだけれども。

叔父が肺炎で入院していると聞いて、山梨までお見舞いに向かった。
私の祖父は、肺炎の処置を失敗して急逝した。
だから、やっぱり落ち着かない。

妻は仕事。
長男は部活。

次男、三男、四男を連れて、朝から車で移動。
11時には富士川のほとりにある病院に着いた。
順調。

きれいな病院の、受付で「叔父のお見舞いに来たんですが。」と聞くと、表情なく…。

「面会ですか?面会は14時からです。それと中学生以上の方に限っています。」

「ほお。では出直してきます。」

少し早めの昼食をとるか、釣りをしたくて仕方のない三男の気が済むよう、湖に行くか。
あわよくば、お取引のある生産者さんにお会いしたかったが(公私混同!)、面会が14時以降だと考えると、時間的に難しくなった。

夏の山梨は、大産地なんだけれども。

近くの道の駅で、お昼を済ませ、一路、湖へ。
距離的にはさほど離れていないのだが、山道で、標高差もあって、なかなかに時間がかかった。

富士五湖の一つ、本栖湖(もとすこ)。


↑この次々と発生する雲の向こうに富士山がある

山中湖や河口湖と比べると知名度では劣るかもしれないが、湖から見える絶景と、水の透明度が優れている。
旧5千円札に採用された、絶景は、雲に隠れて、全く見えなかった。
冬は高確率で見えるが、夏は雲の発生率が高く、晴れていても、富士山だけ隠れていて見えない。

湖岸に降りることができる穴場的な場所を見つけ、まずは岸へと4人で降りた。
貸し釣りに期待していたけれど、なさそうである。
SAPやウィンドサーフィン、カヌーなどは実施されているようだが。

水がとてもきれいで、息子たちはたちまち湖に足を入れ、わちゃわちゃと遊んでいた。
そして、すぐに魚がいることに気づく。


↑3匹ほど魚の姿が見える

こんな岸に近いところにいるわけない、と私も覗いてみると、相当いる。
三男が、何度も捕まえようと水に手を入れるも、果たせず。

一回だけ、成功したけれど、「弱ってる。動きがあまりない。」とすぐに湖に返した。

そうこうしていると、あっという間に14時を過ぎた。

「さ、お見舞いに行こう!」と本来の目的を再び伝えた。

息子たちは、生まれてから毎年の夏休みと冬休みを、叔父の、あるいは私の祖父の家、あるいは父の実家である家で過ごしており、叔父にはとても親近感がある。
叔父にも、ややもすれば騒々しいだけの我が息子たちを受け入れる包容力がある。

戻る道は、土砂崩れがあったようで、迂回を余儀なくされた。
身延町や下部まで南にずれて、再度北上して、ようやく病院に着いた。

叔父は、思ったよりも元気そうで、次のワールドカップまで生きる、と力強く言ってくれた。
息子たちとしばらくの間、サッカーを含めてスポーツ談義。

肺炎で呼吸困難になって、倒れていたところを、定期的に訪問してくれる看護師さんが見つけてくださったらしい。
足腰が、少し悪くなって、料理するのも億劫になり、腹ペコでもあったとか。
それなら、広い自宅で一人でいるよりも、入院の継続がベターのような。。。
間質性肺炎と言って、完治することはないそうで、今後も発生するのだろう。

明らかに小学生である四男がいることに気づいた看護婦さんに「ルールですから。」と注意を受け、退散。
四男がややしょげていた。

「わざわざ来てくれてありがとう。」

少し小さくなった叔父の見送りを受け、撤収した。

なじみのある叔父の家=父の実家に立ち寄り、私はしばし休憩。
息子たちは、かくれんぼやら、家の前にあるお天神さんの広場で、サッカーに興じていた。
屋敷の裏山にあるお墓にも行って、線香を手向け、帰路に就く。

明日から私も仕事。

次男と三男は子供たちだけで泊まりたがっていて、多分大丈夫だが、私が許容できなかった。
二人とも、サッカーで、子供中心の合宿を何度も経験している。
その延長線上で考えているのかもしれないが、何かあったら嫌である。
長男がいたらまた別だが。

頼もしく思いつつ。

子どもが育っていくに連れ、自分も年を取る。
親世代も。

いつまでも、みんなが元気でいて欲しいが、そうもいかないのが、なんだか歯痒く、、、でも、それが自然の摂理なんである。