「息子も手伝ってくれているから。勤めに出てたんだけど、農業やるわ、って」と、”そうでもないよ”とも言いたげな感じで、嬉しそうに山下さんが言った。
息子さんがやっているというピーマン畑を案内してもらった後、私から切り出した。
「田澤さんにお会いしたいんですけど…。」
「田澤さん?すぐ裏にいたよ、畑の。」
ピーマン畑まで来てしまったけれど、先ほど拝見した山下さんの畑の隣に、田澤さんのりんご畑がある。
田澤さんはそこにいたようだ。
「もしかして、何かを燃している???」
「そうそう、燃やしてたね。」

田澤さんは、山下さんにご紹介いただいたくだもの農家さん。
まずは、さくらんぼ。
当時、山形のさくらんぼを諦め、どなたか、良い農家さんがいないか探していたら「いるよ~美味しいよ~」と山下さんに紹介してもらったのだ。
いただいたさくらんぼは、佐藤錦も、紅秀峰も、サミットも、美味しかった。
りょくけんだよりバックナンバー「気合い入れて食べてくださいね。」
ところが、コロナ禍を経て、栽培を断念された。
さくらんぼは収穫、選果、箱詰めにとかく手間がかかるくだもの。
コロナ禍において、人手を集めることが叶わなくなったのだ。
西洋梨もお世話になった。
ラフランスではなく、ゼネラルレクラークとシルバーベルという大玉の晩生の西洋梨。
そちらはまだ栽培を続けている。
でも、一昨年前からタイミングが合わず、、、
今年はなんとかお願いできないかと思っていたのだ。
田澤さんは、山下さんのりんご畑の、さらに奥にある自身のりんご畑にいた。
奥様と二人で、剪定した枝を集め、火にかけていた。
「お久しぶりです!雨も降っていたのに、燃えるんですね!」
「そだな~、もうよぐ乾いでだどごだから。」
数年前と、体躯が変わらない。
背筋もピシッと伸び、田澤さんは元気そうだった。
山の斜面に足を広げて立ち、しばらく山下さんと三人で話こんだ。
「変わらないですね、田澤さん。」
「そだな~でも、もう70だあ!今日、ちょうど誕生日!」
すごい偶然だと思った。
そそくさと、持ってきた手土産を渡した。
「でも、どうして、ラフランスじゃなくて、ゼネラルれクラークとかシルバーベルにしたんですか?」
「そだな~ニッチなとこ、誰もやっていないどご、狙ったんだな。」
だが、西洋梨も収穫後に手間がかかる。
冷蔵にあてて、数週間保管。
冷蔵庫から出して、追熟を開始する。
「市場に持っでいぐど、今は冷蔵庫で預かっで、向こうで追熟までしで、売っでぐれるのさ。」
働き手が、ご夫婦二人となり、いろいろはやれないという結論だった。
「写真撮っても良いですか?」
「写真…?写真かあ…。取引できるものがない以上は…。」
田澤さんはまじめで、嘘がない。
それ以上はやめておこうと思った。
「じゃ、行きましょうか。」
山下さんと歩を進め、再び、車に乗った。
「大変だね、商品探すの。」
山下さんから、意外にも、労いの言葉をかけられて、なんだかこそばゆかった。
でも私は、久しぶりに、田澤さんご夫婦と話せて、嬉しかった。
鐘が鳴る。
17時が過ぎたことを知らせる鐘だった。