りょくけん東京

りょくけんだより
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社長日記

久々。

「あ~いたいた~。」

かっこよい格好をした女性が、店頭にいた私にそう言って近づいてきた。

あ、〇〇さん。

りょくけん松屋銀座店を立ち上げた際に、デリカのコンサルティングをしていただいた方だった。
様々な職業を重ねた後、三国さんのところで修業もし、独立していた。
りょくけんのコンサルが一息ついた後は、自分のレストランを持って、大分でご活躍していた方。

私の盟友である金子さんが大分に農場を開いた際には、そのこけら落としの催しで、ケイタリングをしていた。
その時以来だった。

りょくけんの看板商品である、バーニャカウダのソースの礎を作ってくださった方である。
当時、生クリームを入れるべきか迷っていたのだけれど、入っていないバーニャカウダソースもあるよ、とあっさり言ってくださったっけ。

店頭だったけれど、しばらく談話。

「ペイザンヌサラダはフランス語で田舎風の、という意味で…」
「知ってるよ、私、フランスいたし、専門だったんだから。」
「あ、たしかに。」
「で、シェフもまた採用してるの?」
「いえ…。自分たちで考えて、やっています。生粋の料理人はいないです。」
「それが良いよ、ここは野菜が美味しいからさ。余計な事、しない方が良い。料理人はしたがるから。」

少し嬉しい。
そりゃあ、料理人が持つ技術や手の速さは羨ましいけれども。

翌朝、携帯電話が鳴った。

りょくけんの3代目の厨房長からだった。

色々あって、りょくけんを退職した後、やっぱり自分の店を持ち、持ち前の創造性を駆使して、メディアを通してだけれども、良い感じだった。

「実は、店を閉めることにしまして…」

現在の、りょくけん松屋銀座店のデリカメニューのほとんどを作った方と言って良い。
お店を閉めることになったのも、彼の料理の腕とか発想力がどうとか、という問題ではなかったようで、志半ばだったようだ。

「大森さんが、料理をやる人じゃなかったのが残念だった。」と退職の時に言われたっけ。
どういう意図だったのか。

りょくけんを盛り上げるはずのお惣菜を一緒に開発したかったという意味だったのか、何を質問しても、料理的にまともな回答が出なかったからか、私が料理人である彼の気持ちに寄り添えてなかったから言われたのか。
そういえば、当時は、私は通信販売の責任者を担っていて、少し仕事に距離があった。

厨房に週に何回も入るようになって、デリカのメニューも考えるようになって、そんな彼の言葉を思い起こしていた、今日この頃だった。

彼が自分のお店を持って頑張っているから、自分も頑張っているところもあったのだけれど。

連日の、そんなめぐりあわせ。
毎日、忙しくしているのだけれど、何の示唆なのかなと、少しだけ、思いに耽った。