「5月21日に、そこの畑にいたら、あ、これは竜巻だなっていう風が吹き荒れてね。あっという間に雹が降ってきて。この向きだと、ここだけじゃなくて山の上も降ったなと思った。」
吉池さんの口から、はっきりと日付が出た。
農家さんは、いつに定植したとか、いつに防除をした、いつから収穫だとか、けっこう正確に口にする。
雹が降った日も、それくらい印象的だったのだろう。
倉庫でお互いの近況をお話した後、その山の畑に足を運んだ。

いつ来ても、気持ちの良い畑だ。
朱色に色着き、たわわに実ったシナノピッコロが私を迎えてくれた。
きれいだ。



「良いじゃないですか!すっごいきれい。」
「そう思うでしょう?でもほら。」



シナノピッコロに手をやり、ひょいとひっくり返すと、雹の跡がそこかしこについている。
「10年に一回はしょうがないかな。」
27年前にも雹害があったらしい。
あたったときに小さかった痕跡も、果実が大きくなるにつれ、同じように大きくなる。
「ほんと、悔しいよね、一緒に大きくなっちゃうから。」
そういう吉池さん。
ちっとも悲壮感がない。
いつも通り、にこやかだ。

ちょっと元気が出ない時。
ちょっと落ち込んだ時。
吉池さんと話すと、元気になって帰ってこれるから不思議だ。
奥、というか、道路側に進むと、ムーンルージュがある。
黄色の外観で、中の果肉が赤い。
英語の月とフランス語の赤を合わせた名前は、外国の方には笑われるかもしれないが、的を射た良い名前だと思う。

雹の跡もたくさんあるが、それよりも1/3くらい茶色に傷んだ実に目が行く。
「大森さん、ムーンルージュはね、この軟腐病があってね。申し訳ないけど、増やすことは無いかな。うまいりんごなんだけど。」
「そんなこと言わず…。少なくとも、樹は切らないでください。」

そばにいた奥さんが言うには、この気持ちの良い、すがすがしい畑は、紋葉病(もんぱびょう)という菌が着いていて、品種による相性がはっきり出る畑なのだそう。
簡単に言うと、生長した樹が、何年か経つと、紋葉病になり、だんだんと枯れてしまう。
前の持ち主は、りんご栽培を断念し、ほぼ放棄した状態だったのを、吉池さんが譲り受けたのだという。
「そうそう、だから、おれ、『天才だね』って何度も言われたんだよ、その人の息子に。あんなに生らなかった畑に2年で実がたわわに生ってるって驚かれたんだよね。」
奥さんが笑う。
「りんごの葉の紅葉の仕方とか、枝のやわらかさとか、樹を落ち着かせるとか、何年も向き合ってると、何が必要か分かってくるんだよ。」
吉池さんがにこやかに言う。
半分以上、雹害を受けているりんご農家さんの顔じゃない。



最近は整然と樹が一列に並んでいる圃場が多いが、吉池さんの畑は、なんだか自然発生的だ。
無秩序に見える…。
「あ、だから、紋葉病で、畑に合わないやつは枯れちゃうから、枯れた箇所に次の樹を植えるから、こうなっちゃうの。」と奥さんが私の疑問に答えてくれた。
あれから2か月が経ち、いよいよ収穫。
当初は10月20日くらいから収穫していたのを、今は遅くしている。
「だんだんと分かってきてね。遅く置いた方が、中に赤が入るんだよ。」
少し傷跡はあるかもしれないが、昨年並みの収穫量を目指してくださるとのこと。
「なるべくきれいな、傷のないものを送りますから。」
このりんごの美しさと美味しさ。
今年も多くの方に味わってほしい。

■ムーンルージュ 長野県産 約1kg(3玉前後) 2160円(税込)
https://www.shop-ryokuken.com/SHOP/477120.html
※収穫量が確定次第、販売再開予定