「ここはね、バカやった場所でね。」
堀田さんの表情がどことなく曇る。
苦虫を嚙み潰したような。
中には、レモンの木が立ち並んでおり、スプリンクラーやギザギザの見たことのない設備もある。
ギザギザの設備を指さし、
「これは何ですか?」と訊ねた。
「温湯を使った加温設備でね。普通の燃料を燃やすボイラーは音がうるさいんよ。だから、お湯を使ったこの加温機を付けたんよ。」
なるほど周囲は住宅に面している。
高価な加温機を使用せざるを得なかったわけだ。
「ここ、ハウスもかなり立派ですし、温湯の加温機も入れて、、、元々、メロンか何かやっていたハウスですか?」と聞いた。
少しの沈黙の後、堀田さんがやや重い口を開いた。
「胡蝶蘭。」
言わずと知れた、高級花。
開店祝いなどに飾られている、あのきれいな花である。
出入りしている肥料屋さんに促されて、胡蝶蘭栽培に挑戦したのだそう。
ただ、やはり、簡単ではなかったそうで、かなりの博打だったとか。
すぐに諦め、他の作物に切り替えた。
「もう返し終えたけどね。結構なお金だったよ。」
「でもね、それがあったから、こうやってハウスも残って、レモンを育てることが出来たんだし、私は良かったと思うよ。」と奥様が前向きに言う。
レモンの品種は、璃の香とユーリカ。
ユーリカは、リスボンと並んでオーソドックスな正当派の品種。
璃の香は、日向夏とリスボンレモンの掛け合わせで生まれた新しい品種で、丸みを帯びており、酸抜けが良く、早く収穫ができる。
ハウスで育てているせいもあり、真夏の8月から、グリーンレモンが収穫可能なのだ。
このハウスのレモンのおかげで、りょくけんでは、一年中、国産レモンが供給できるようになっている。
ここも花がいっぱい。
ふと堀田さんが樹に登り始めた。
「ほら、これ。」とレモンを手渡してくださった。
まだ初夏にもかかわらず、果実があったのだ。
「遅れ花ね。」と奥様。
遅く咲いた花に結実して生ったレモンだ。
黄色くきれいに着色し、いかにも美味しそう。
「ああ、ここにも。あそこにも。」
二連棟のガラスハウスが二棟。
今、再び、稼ぐ元にはなっているし、りょくけんにとっては欠かすことのできない夏レモンであるものの、
堀田さんにとっては、そんなに単純な場所ではないのだと思った。