一通りのお話を終え、大きく深呼吸をした。
さわやかな香りを感じる。
鼻で臭いを嗅ぐような仕草を見て、奥様が、少し嬉しそうに私に声を掛けてくれた。
「風に乗って良い香りがするでしょう?」
ちょうど、みかんなど柑橘類の花の時期であり、その香りが風に乗って部屋に注ぎ込むのだ。
「さ、じゃあ、向こうの畑からぐるっと回って見に行きましょう。大森さんが来るって言うから一か所だけまだ収穫してないところがあるから。」
軽トラに堀田さんご夫妻と乗り込み、細い舗装道路を上がって行った。
切り返すためにも作られた駐車スペースに停めた。
私なら絶対に車では進まない道とスペース。
イノシシ対策の電柵を外し、整地された段々畑の一画に案内してもらった。
遠くから見えると、新梢と新葉に囲まれて、果実はあまり見えない。
が、中に入ってみると、たわわに実を付けた枝がたくさんあった。
「グレープフルーツは、ぶどうのように実が生るから“グレープフルーツ”っていう名前が付いたんですよね。
みかんもそうだなあと思いましたけれど、河内晩柑も、まったくそうですね。いっぱい生ってる。」
「そうそう。」
葉が生い茂り、日陰を作ることで、樹上に置いておく時間を伸ばすこともできるそうだ。
すでに、次の花も咲き誇っており、前の代の果実と来期の花を目にすることができる。
「これこれ、この樹が理想の形ね。」
堀田さんは、正統派のくだものづくりをモットーとしている。
剪定にもいくつかやり方があるが、至極オーソドックスな形に仕立てていると言う。
「みかんはあれだけれど、晩柑みたいなものは、肥料もきちんと上げた方が良いね。」
樹上に生らせる時間が長く、樹も体力を使うからだと思う。
「大玉と小玉なら、どっちが(販売に都合が)良いの?」と聞かれた。
「売場で販売しやすいのは、小玉ですね。大きくなると、高くなりますんで。」
「まあ、そうだね。でも河内晩柑みたいな文旦類は、大きい方が味が良いんだよね。例えばこれ。」
そう言って、枝に生っている一際大きな河内晩柑を切って私の前に差し出してくださった。
ずっしりと重く、いかにもジュース分が多そう。
河内晩柑は、一番最後に収穫される柑橘で、樹に生っている時間が長い分、水分を果実に蓄えている。
そのため、ジューシー柑とかジューシーフルーツと呼ばれたりもする。
各地でブランド化されていて、例えば愛媛の方では、美生柑や宇和ゴールドと言った名称でも売られている。
様々な名前を持つが、河内晩柑の”河内”は、熊本県内にある河内地方生まれだから。
熊本が、生まれ故郷なのである。
「あそこが熊本三山(金峰山)の二ノ岳、隣が三ノ岳。河内山はそっち山の向こう。」
「そういえば、堀田さんの河内晩柑は一般的な河内晩柑よりも種が少ないとか?」
「う~ん。圃場に寄るかな。周りに甘夏とか雑柑類があると、種が多くなる。ここの畑は周りに雑柑がないから、種が少ない。」
花の花粉の多寡が影響して、種が多くなったり少なくなったりするのだそう。
段々畑の前後には、先人たちが組み上げてきた石垣が組まれており、歴史を感じる。
でも、そこには近代的な電柵もあるし、潅水のためのスプリンクラーもあるし、
何より、車や台車が通れるよう、農道がすべて舗装されているのがポイントになっている。
再び軽トラに乗り込み、今来た道を下っていき、大きなハウスの前に停車した。