トラクターの両脇にある座席に座らせてもらった。
「大森さん、揺れるから、ここにしっかりつかまって、他の事はせんように。」と奥様から指示があった。
にんじんではないけれど、トラクターが横転したり、落下して、農家さんが亡くなることが、ままある。
カメラのシャッターを切りたい気持ちを抑え、しっかりとバーを握った。
向かいには、奥様が座った。
エンジンがかかると、すごい音で、あまり声も聞こえない。
左側のアーム?レール?が青い葉っぱを次々と引っ張り上げ、ほぼ同時ににんじんの肩から2㎝くらいのところで
きれいにカットされたにんじんが、中央のコンベアにこれまた次々と流れて来て、先ほど奥さんが倉庫に取りに来ていた、大きな麻のような袋に放り込まれていく。
不思議な風景だった。
「この座席は、座るためにあるんですね?何のために、ここに座るんですか?」
「一時選果です。」
コンベアに流れて来るにんじんをさっと見分けて、二股になったようなB品をはじいていく。
だが、これまたすごいのが、B品がほとんどないこと。
あれば、ぱっと見分けて、奥様がはじくのだけれど、ほとんど、無い。
「B品がほとんど無いですね。」
「たまたまですね。この畑の土目がうまく行っていただけで、もうちょっとあります。」と奥様が言う。
トラクターで一往復すると、だんなさんが、奥様とアイコンタクトを打ち、エンジンを切って、トラクターを降りた。
「は~い、じゃあ、みんな休憩~。休憩しましょう~。」と呼びかけ、私と黒上さんご夫婦は、歩いて、倉庫の方に向かった。
「え、あらやだ、歩いていくの? じゃ、私、軽トラ持っていくわね。」と奥様一人が、軽トラのある場所に戻った。
倉庫に行く間、黒上さんと色々と確認。
品種は、綾誉(あやほまれ)と翔彩(しょうさい)。
初めて聞いた名前だったけれど、春にんじんではメインになる品種で、大阪のフジイシードさんのヒット品種だった。
(フジイシードさんは、とうもろこしの”きみひめ”を手掛ける種苗会社さん)
おおよその栽培体系は以下の通り。
10月に種播き。
その後、除草などの作業。
トンネルハウスの中で、中腰になって行う除草作業はやっぱりけっこう大変なのだそう。
年明けまで、ビニールで保温する。
2~3月、気温の上昇に伴い、ビニールに15㎝ほどの穴をあけていく。
穴の数を増やすことで、トンネルハウス内の温度を調整する。
ビニールは一回限りの使い捨てだ。
ビニールが飛ばないように土をかぶせ、3月から収穫開始。
収穫直前に覆っていた土をどかし、人力でビニールを剥ぎ、収穫用のトラクターで、収穫していく。
トラクターは収穫と葉切りを一度に行う優れもの。
収穫したにんじんは、軽トラで倉庫に運び込まれ、倉庫で待っている女性スタッフさんが二次選果、洗浄、箱詰めをしていく。
倉庫前にあったたくさんの軽自動車は、その方たちのものらしい。
にんじんがおおむね美しいのは、品種特徴もあるし、畝はある程度広く取るものの、株間を狭めることで、まっすぐになる。
吉野川流域の砂交じりの土も、美しく仕上げるのに適しているそうだ。
向かった先は、倉庫ではなく、倉庫の隣にある、ご自宅だった。
でかい…。
3階建てだったし、敷地面積も単純に広い。
農家さんのお家に行くと、よく経験することではあるけれど、玄関だけで、私の部屋と同じくらいの広さ、いやそれ以上の広さがあった。
庭もやっぱり美しい。
彫り物が立派な欄間で、再度、自己紹介をしあった。
奥様が準備してくださっていたというにんじんジュースを飲ませてもらった。
無添加のにんじんジュースはやっぱり美味しい。
「昼に、コールドプレスで搾っておいたんです。」
だんなさんはやや不満そう。
糖度計を持っていたので、僭越ながら測らせてもらった。
「8度くらいかな、、、」と黒上さんがぽつり。
「そうですね、8.5度です。」
「もっと乾燥が強い畑だと、もっと行くんだけれど。」
先ほど見せた少し曇った表情は、その表れだったか。
もっといろいろ話したかったけれど、収穫最盛期。
あまりお邪魔してはいけないと思い、早々にお暇することにした。
「今日、もう帰るんですか?」
「はい、いろいろありまして。でもどこかちょっと見ていきたいと思います。」
そう言って、大きな玄関と、立派な庭を拝ませてもらった後、再び、レンタカーに乗り、高松空港に向かったのだった。
吉野川沿いには他にもいくつもトンネルのにんじん畑があったが、黒上さんの畑が一番きれいだった。