りょくけん東京

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かぼちゃ

諸行無常、なんだよね。

トゥルルル トゥルルル

「ハイハイ、ちょっと待ってね、車停めるから。」
電話の先は、浅川さん。

車の運転中だった。

「はい、お待たせ、ごめんねー車運転中で。買い物に行くところだったんだ。え~なに?北海道に来てるの?」
「はい、突然すみません、新十津川にいます。」
「え~なに~ 新十津川にいるの? 今から来る? 分かった、今戻るから。清野さん所にいる? じゃあ、二個目の信号を左に曲がって、小学校があるから、そこで待ってて。」

浅川さん。
廣田さんの家の隣の農家さんで、もう10年以上、かぼちゃのダークホースを作ってもらっていた。
山の上で。

でも、70歳を超え、引退を決めた。

ずっと、永遠に続くものなんてないけれど、、、終わりが来るなんて、あんまり考えていなかった。

小学校で待ち合わせた浅川さんは、前回お会いした時と全く変わらず、肌ツヤも良く若々しいままだった。
車に付いていき、新居に向かった。

「田畑も売って、この家も引き払って、もう少し町中に引っ越そうと思ってるんだ。」
そう聞いたのは真夏のころだった。

すでに引っ越しも済み、浅川さんは新居にお住まいだった。
銀色のしゃれた壁で、先進的なデザインで、玄関に入ると、新築のにおいがした。

「新築じゃないですか!!新しく建てたんですね!?町中って、てっきりアパートとかマンションとかに引っ越すのかと思っていました。」

白い壁紙と、ひときわ大きなテレビが目を引くリビングに案内されて、しばらくお話しした。
「チッチ~お客さんだよ~」

小さな飼い犬のチッチも健在だった。

「いや、まあ、これもひとつの目標でね。」と浅川さんが切り出す。

「息子が後を継がないって決まったら、農家を引退して、町中で、家を自分の好きなように建てて、そこで暮らそうってね。」

浅川さんの息子さんは旭川で公務員職についていて、農家になるつもりはなかった。
そして、田畑を欲しいと言ってくれる方がいたので、売却することを決めた。
車で数十分の距離だけれど、以前の住居は、冬の除雪が2~3日遅れることがあり、家から出られない日がある。
町中であれば、すぐに除雪車が来て、身動きが取れなくなるようなこともない。
元気なうちに引っ越したいと考えるようになったのだそうだ。

同時進行で、家も設計し、自分がいなくなっても、とにかくお金に換えられるようにと、丈夫で”持ち”の良い家を作ったのだとか。

家の横には、まだ広いスペースがあり、足場だけが見える。

「ここに鉄骨のハウスを建てようと思ってね、母さんと野菜でも作ろうかと。」
「へえ~良いですね、かぼちゃもぜひ。」
「そう、実際、まだ体も動くしね。みんなから美味しかった、美味しかったって言われてね。母さんもまだ『かぼちゃ作りたいね』っていうんだよね。」

少し寂しそうに語る浅川さん。

「でも、乾かす場所が無いんだ。磨く場所もね。かぼちゃは、作るのはそんなに大変じゃないけれど、風乾と磨くのに、場所と手間がかかるんだ。」

かぼちゃは収穫したては、今一つ美味しくない。
ハウスのような倉庫のようなところを、大概、農家さんはお持ちで、そこで、10日間ほど風にさらしてかわかすのだ。
生っぽかった茎がしっかりとコルク状になり、糖化も始まっていく。
土や、天然のワックス成分が付いているので、それを一つ一つ磨く。
この、磨きの作業が、人手がかかる部分なのだ。

「母さんも、今、実は入院中でね。もう手術は成功して、明後日退院で。旭川まで迎えに行くんだ。」
「え?そうなんですか?」
「やっぱりね、一気に、いろいろあったからね。疲れが出たんだろうね。ここの、ここの部分に石が出来て、それがこっちにきちゃったみたいで。」
図に書いて、教えてくださった。

元気な奥さんがいないのは少し寂しい。

ダークホースを使ったジェラートをごちそうになり、お暇することにした。

「え?今日北海道に来て、今日帰るの?北海道日帰り? 泊ってきなよ、そうだ、泊っていきな。もったいない。」
さっきも言われたような…。
「あ、いえ、明日はお店に出なくては行けなくて…。すみません。」
「そうかあ、忙しいねえ。」

名残惜しかったけれど、千歳空港まで車で2時間。
意を決して、出発することにした。

「浅川さん!10数年間、本当にありがとうございました!そしてお疲れさまでした!」
「なんもなんも。なんもだよ(=なんでもないことだよ)。」

あたりは、すっかり暗くなっていた。

「今日は来てくれてありがとう。嬉しかったよ。お母さんにも伝えとくね。」

浅川さんが小さくなるまで、私は車から手を振った。

秋の北海道はなんだかやっぱり寂し気で。
暗くなると、さらに寂し気で。
街灯と車の灯りが静かに連なり。
道路の脇に広がっているであろう広大な畑は、暗闇の中に消えた。

―二時間強。
新千歳空港のレンタカー屋さんに辿り着き、なんとか飛行機にも間に合った。
実のところ、間に合っていなかったのだけれど、荷物検査場で、何度も金属探知機に引っかかる方がいたようで、長蛇の列が出来ていて、おかげで助かった。
JETSTARは厳しいので、乗せてくれないところだった。

機上で廣田さんや浅川さんたちの言葉を思い返した。
新十津川は、札幌の近郊にあり、農作物を作って都市部に供給することで発展してきた地域。
だが、交通の発展で、旭川よりも北部からもどんどん札幌にモノが入るようになり、農業と商業は、転換期に入っている。
若い世代で農業に就く方が少なくなっているのには、そんな背景もあるようだ。

お付き合いしてきたベテランの”良い”農家さんが続けざまに、離農するのを目の当たりにして、寂しい気持ちに、ならざるをえなかった。