静岡の浜松に、篠原(しのはら)という場所がある。
古くから発達した地域らしく、道が入り組んでいて、碁盤の目は皆無。
細い路地も多く、初めて訪れたら、迷子になることは必至だ。
そして、鈴木さんが多い。
右も左も、前も後ろも、見渡す限り、鈴木家だ。
そして、農業が盛ん。
古戦場としても有名な三方原台地は粘り気のある赤土だが、篠原は、砂。
海岸線から続く砂浜のようなサラサラの砂地が特徴で、日本一早い極早生玉ねぎ(地元では白玉と呼ぶ)やさつまいもが名産として知られている。
そこで、懇意にしていた農家さんがいた。
鈴木孝義さん。
がっしりとした体躯で、笑顔が気持ちの良い方。
浜松の農協の部長まで務めた、人格者だ。
私が何回目かに訪ねたときに、失礼なことを言っても、さらりと諫めてくれた。
当時、私は赤土がナンバーワンだと信じて疑っていなかった。
サラサラの砂である、鈴木さんの圃場を、”恵まれていない”と感じていた。
「なんで、こんな、恵まれていない砂地で、農業をやろうと思ったんですか?」
「恵まれていない、とは全然思っていなくて、りょくけんさんとは違う考えかもしれないけれど、僕はこの先祖代々受け継いできた砂の土地を、素晴らしいと思っていて、誇りに思っていて、ここで美味しい野菜を作ろうと思っている。」
その時は良く分かっていなかったけれど、砂地は、野菜を栽培するのに、りょくけんとしても、悪くない。
砂は、排水が良く、肥料も長続きしない。
コントロールがしやすいので、美味しいものが摂れる。
潮風が海から適度にミネラルも運んでくるので、篠原は野菜を栽培するには良い土地気候だったのだ。
鈴木さんは、農協をやめた後、本格的に就農。
西洋野菜と葉野菜と玉ねぎを主力にしていた。
自分で、交配もして、オリジナルの品種も作り、特に玉ねぎはすごく甘くて美味しい。
レストランのシェフとも仲が良く、浜松に来てもらっては、交配した、どの品種の野菜が美味しいかを食べてもらい、その品種を残していった。
一見すると、傷んでいるように見える「縞いんげん」も、フレンチの鉄人が選んでいった品種だと聞いている。
最近は、花付きズッキーニを特に気に入っていたような気がする。
もちろん玉ねぎも。
でも、私が一番好きなのは、ルーコラだった。
りょくけんはトマト屋なので、ルーコラは大事。
そんな思いに、鈴木さんは遮光して軟白化したルーコラを提案してくれた。
ルーコラは、辛い。
その辛さを、少し遮光して小さいうちに収穫するとおだやかな辛みになり、旨味と甘みが濃く、香りのよいルーコラになるのだ。
砂地に、木の棒を使って、解説してくださったのを、よく覚えている。