「のう?まだ収穫まで一月あるんやから、もう一回撒いてみようわい。一月もあれば、糖度で0.5から1度は違ってこよう。」
「そうですね!例の!」
優れた農家さんには、独自に作った秘密の肥料がけっこう存在する。
川田さんにも、それがある。
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以前に電話で話した時のこと。
「大森君が普段食べてるモノよ。」とその原料についてヒントをくれていた。
「聞いたことがあります、海藻ですよね。わかめとか昆布とか。」
「違う。」とだけ言われ、教えてくれなかった。
わかめや昆布は土壌改良剤として、あるいは肥料として土地に加える。
だが、それではなかった。
自分なりに調べ、別の記事でタケノコがみかん栽培に良く、成果を上げたと読んだので、別の日に電話し「タケノコじゃないっすか?」と聞いた。
「違う。それは、木を生長させたいときに有用で、タケノコはタケノコでも、生長点から取り出さなきゃいけない。糖度には関係ない。」と一蹴された。
教えてください、とは私も聞かない。
料理界で言えば、秘密の、隠し味のようなものだからだ。
「今度、みかんの花の咲く頃。5月13日頃にこっち来い。そしたら教えてやる。しっかり儲けろよ~」
それが、昨年の12月10日頃。
今年の5月は決算作業に追われ、外に出る時間はとれなかった。
「それならば、9月に来い。みかんの実がなっちょろう。」
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そうしてやってきたのが、この日だった。
「おう、○○○から作るのよォ。」
「なるほど!今朝食べてきました。なるほど、それならば、鉄分もビタミンも、マンガンとか微量栄養素も含まれていますね!」
「そうよォ。」
すごく合点がいった。
「でもな、それも問題があっての。ほかの連中がこのことを聞いて海から大量に、2t車いっぱい分とってしまうことがあってな。地元のギョレンに怒られてのォ。大変やったんよ。」
「川田さんも大変じゃないですか。」
「わし?おいちゃんは大丈夫。」
「何でですか?」
「ギョレンに所属しとるがよ。」
ギョレン=漁連=漁業組合であることに気づくのには、少し時間がかかった。
「半農半漁。ここいらは、海に出て漁師も半分やって。それでみかんも作って生計を立ててきたのよォ。おやじもな、みかん畑もやるんやが、海に出るの好きやった。ここいらでも取って、そのあとは今じゃダメやけど、当時は東シナ(海)まで出て行って、漁をしよった。」
つまり、川田さんはみかん農家でもある傍ら、漁業権を持つ漁師でもあるわけだ。
だから、その、例の海産物を、目の前の海でとっても問題にならない。
「周りからは”川田さんは恵まれちょる、あんな良いところに畑を持って”と言われよるがのォ。それだけじゃないんよォ。」
まったくその通り。
川田さんは、恵まれた立地に加え、知識を研鑽し、日々努力を重ねている。
「苦労してるでー」
そう言い放った顔に、笑顔はなかった。
川田さんご夫妻。 |