日比谷駅で日比谷線に乗り換えると、中目黒までは極めてスムーズだった。
中目黒駅から徒歩8分の道のりも、迷わなかった。
セブンイレブンの脇の道に入って、橋を渡り、はっと左を向くと”キンケロシアター”と赤地に白抜きの文字が見えた。
「あそこだ。」
15時56分。
”愛川欽也企画事務所”という看板が眼に入る。
受付で待っていると、どうやら、愛川欽也さんが建てた劇場らしい。
愛川欽也さんが書いた額縁などが飾られていた。
白く、新しい、きれいな建物。
何しろ、時間がぎりぎりだったので、良く読むこともできず、チケットを購入してパンフレットとボールペンを受け取ると、ドアで待っている正装の男性が、こちらへどうぞと案内してくれた。
ドアを開けると、廊下も何もなく、いきなり劇場。
144席。
外観と同様、きれいで、白を基調とした内装。
席には選択肢はあまりなく、一番前の席が空いていたので、隣の人に会釈をして、着席すると、ほぼ同時に、ライトが消え、真っ暗になった。
どうやら、私が最後の入館だった模様。
パッとライトが再び点くと、怪しげなお坊さんとクノイチが立っていて、話を始めた。
その怪しさから、天海和尚とその命令を受けた忍者と受け止めたと思ったら、戦場に切り替わる。
敵陣に深く入り込んだ武将二人。
刀を降りながら、進んでいく。
会話を聞いてくと、徳川幕府の第二代将軍 秀忠とその腹心 黒田長政だ。
と思ったら、また場面が変わって、若い武将と身分が高そうな若い女性が逃げ回っている。
そこへ、弊社販売スタッフが登場!
つまり、真田信繁(=幸村)が登場した。
逃げ回っていたのは、どうやら豊臣秀頼と、その妻 千姫だった。
信繁が「治房(はるふさ)!」と「治長(はるなが)!」と叫んでいる。
秀頼の母である淀君の乳兄弟で、豊臣家末期の中枢を治めた大野 治長と治房の兄弟だ。
兄の治長は、淀君と幼馴染であり、仲が良く、秀頼の本当の父という噂もあった人物。
そこで、ようやく、大阪夏の陣の場面であることが分かった。
と思ったら、信繁が秀頼に切りかかり、秀頼が倒れ、大野兄弟が「サナダムシめが、裏切ったな!」
ーこの時代にサナダムシって知られていたのかな?と、とっさに思いつつー
「それでも、人か!?」
「これが人の道でないというなら、私は鬼になろう!」と信繁がタンカを切る。
花の様なる秀頼様を、鬼の様なる真田が連れて、鹿児島まで逃げ延びたと言う伝説がある。
あれ?と思うと、登場人物たちが勢ぞろいして、カゴメカゴメを歌い始めた。
正確には不明だが、一説には、天海和尚が作詞したと言う。
”鶴と亀がすべった”と出てくるが、鶴は幼名が”鶴松”である秀頼を、亀は千年生きることにかけて、千姫を意味し、二人がカゴ=鹿児島へ逃げたことを指し示す伝承とも言われる。
あれ?信繁は、秀頼を救わずに、切ったよなあ? などと再び思っていると、今度は、関が原の戦い後の場面に戻った。
スピード感のある展開。
みんなついていけるのかな?と余計な心配をしつつ、舞台に没頭していった。
登場人物は、徳川家康、秀忠、黒田長政、天海、大野治長、治房、淀君、梅(くのいち)、豊臣秀頼、千姫、真田信繁とその妻、そしてその子、幸昌、とちょっとだけ秀吉。
主役は、秀頼と千姫と秀忠か。
いや、梅かも。
徳川秀忠の娘でありながら、7歳で、豊臣秀頼に嫁入りした千姫。
秀頼役の人が女性で、そのはかなさと成長振りを見事に演じていた。
秀忠の娘を思う気持ちだったり、秀頼と千姫のいくつかのやり取りが、なんだか泣けた。
人目がなければ、5~6回泣いていたかと思う。
僭越ながら、私も、いうなれば、一軍の将であり、家族の長でもある。
家も会社も、継承し継続していくのは、とても大変なことだ。
そんな思いが、知らず知らずこみ上げてきたのかもしれない。
そうそう。
真田信繁は、私の予想に反して、マイペースで悲壮感がなく、コメディタッチで、この悲劇の中では良いアクセントだった。
集中して舞台を見ていた中盤。
続けざまに携帯電話が震えた。
―計4回。