りょくけん東京

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おお、そういえば見たことがある。

いつもは軽トラに乗って移動するので、歩いていくのは、初めてである。
一つ二つ手前の道を左に曲がってしまった。

「もう社長~」と通販のスタッフ。

でも後から自走式草刈りエンジンカーに乗った正孝さんが現れ、

「いいよ、この奥。」
「でも確か堆肥がここらへんにあったかと思うんですけどー!」
「それは、もう一本先。」とエンジンカーに乗ったまま、ジェスチャーも交えて教えてくださった。

しばらく歩くと、桃の木の仕立てが、周りの畑と全く違う畑にたどり着く。

「ここここ。この道でもいけるんですね。」

一本づくり。

少し向こうにこれまたエンジン付き昇降機に乗った高橋さんの奥様が見えた。
高橋家正さんも少し離れた木陰でたたずんでいる。

「こんにちは~」
「あら!」

作業をとめて、昇降機から降りてきてくださった。

「昇降機、また新しくなったんじゃないですか!」と水を向けると
「まーったくね。もうかってしょうがないから。」とニコニコしながら奥様が答えてくれた。

確か数年前にも同じやり取りをしたような…。

「どうですか、桃は。」

高橋さんの桃は、大人気で、確固たるお客様が、通販にも、銀座店にもついていた。
が、近年は断られ続けている。

「摘果がまだ終わらなくてね。作業がだいぶ遅れてます。周りの衆は、袋かけを始めていて、早くやらないと、と思ってるところに、大森さんたちが見えた。」
「すみません、お忙しいときに…。」

なんてやり取りをしていたら、背後から、家正さんもそっとやってきた。

家正さんは、家業のためか、糖尿病がかなり進行した。
12年前に初めて会ったときから、目がまず衰えており、次に足。
足は入院して少し良くなり、農業で体を動かしていることもあって、改善傾向にあった。

が、年齢もあり、糖尿病の宿命である認知症にまで昨今は進行した。

それでも、来客が好きな家正さん。
輪の中に入ってきてくださった。

「お久しぶりです。」

黙る家正さん。ドキドキ。

「りょくけんの大森さん!」ひときわ大きい声で奥様が家正さんに伝える。

「おお。そういえば見たことがある。」と家正さん。

ちょっとうれしい。2回目

続けて、輪の中の通販の女性スタッフに目を向け、

「あんたも見たことがある。」

「いや、ないっす。」

「みんなにそう言うのよ。」と奥様。

心の中で「え~」と叫ぶ。

「黄色の桃っちゅうのがあって、加工しなきゃンまくないっちゅーわけ。」と続ける家正さん。
「え?」

黄金桃は、家正さんのおすすめの桃だった。
加工用の黄桃と違う、白桃からの枝変わり品種があり、大玉で、わずかに酸味があり、抜群の食味だった。

視線を奥様に向けると
「お父さん、ボケちゃってるから。本当はね、美味しいのがあったんだけど、みんな切っちゃったから。」

「家正さん、木の仕立てが独特ですね。どこでこれは学ばれたんですか?」と懲りずに聞く。

(株)りょくけんに入社して初めて訪ねた農家が高橋さんだった。
私の思い入れも強い。
その際、上司が私にしてくれたことを、スタッフさんにしようと思った。

高橋さんは30代の時にアメリカに農業研修に行き、この一本づくりと有機肥料に出会って感銘を受け、自分の畑に導入した。

その回答を引き出したかったのだが、かなわず。

「30代の時にアメリカに行って、学んできたんでしょ!」と、黙る家正さんに代わって奥様が答えてくださった。

それでも、家正さんは、スタッフさんに向けてゆっくりと話し続けてくださった。

スタッフさんの中にも高橋ファンが多いので、じっくりと耳を傾ける。

「甘さもそうなんですが、エグミが本当になくて」とスタッフさんが口々に伝える。
家正さんも嬉しそうだ。