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ぶどうの”仕込み”

私たちがスーパーなどで目にするぶどうは、実は作られた形である。
藤稔など多くの大粒品種は、多くの花を咲かせ、放っておけば、30㎝くらいのだらんとした房になる。
5~6月にかけて、大手スーパーでは輸入物のぶどうを多く扱っていたが、自然に栽培すると、あのようなシェイプになる。
決して逆三角形の実の詰まった形にはならない。

花が咲いた後に行うのは、まずこのシェイプを整える「摘粒(てきりゅう)」という作業。
小さな小さな実の粒を一つずつハサミで切っていく。
丈夫の粒を5列くらいカットし、一段一段が50m間隔になるように切りそろえる。

これまた気の遠くなる作業だ。

また、昨今の消費者の好みにより、種無しにするための作業も必要となる。

生長ホルモンのひとつ、ジベレリンが溶けた液に一つ一つの房を浸していく。

この二つの仕込み作業がほぼ同時期に行わなくてはならないので、忙しいのだ。

「この赤い粒はなんですか?」

スタッフさんの一人が気づいて質問した。

「ジベ、ジベ。」と正孝さん。
「ジベレリンに漬けたか漬けてないかが分かるように、液を赤く着色してある。」

さらにもう一工夫。

「房の一番上の枝を二つ残しておく。一回目のジベレリン処理の時に一つ切る。一つ残っていれば、着色していなくても、『ああ、一回目はしている。」って判断できる。」

大粒ぶどうは、二回のジベレリン処理を行う。

花が落ちたばかりの小さな粒の時に1回目。
そうすると受粉したと勘違いして、肥大を開始する。
植物に種を作る時間を与えないのだ。
このタイミングが遅くなると、種ができてしまう。

ある程度大きくなったところで、二回目。
その時に残っていた枝を切る。
さらに肥大していき、私たちが目にする大きさの粒になっていく。

このジベレリン処理には賛否ある。

ホルモン剤を多用した植物をヒトが食べることで、ヒトの成長に変な影響が出ると反対する声もある。
ジベレリンは、もともと植物が持っているホルモンだから、それを与えることは全く問題がない、という声。

どちらも正しいように聞こえ、答えはまだない。

分かっているのは、我々消費者は、種無しぶどうを好み、”よく売れる”ということだ。

例えば巨峰。

もう高橋さんの畑では全部切ってしまってなかったが、種アリ巨峰のほうが味が良く、種無し巨峰よりも「脱粒」が少ない。
種無しの巨峰は、すぐにツルからとれてしまい、商品にならないことが多々あった。
しかも食味が良くない、と言われていたのだ。

が、これは品種によるようである。
巨峰はどうやら、このジベレリン処理に向かない品種だった。

対して、藤稔やピオーネはジベレリン処理に向く。
極端なことを言えば、ピオーネは、ジベレリン処理をせずに種アリ果に育てると、大きくならず、中型の粒のぶどうになる。

新品種で、ブドウ業界の新王者「シャインマスカット」もジベレリン処理に向く品種。
肥大が良く、玉の張りが良くなるという。

「これだけの面積で、俺には手一杯だ。」と正孝さん。

「桃はやらないんですか?」答えは知っているが、あえて聞いてみた。

「やんね。興味ねえ。かい~し。」

桃ぶどう農家に生まれながら、もしくは生まれたからなのか、正孝さんは桃アレルギーで、桃に触れると、体中にやわらかいところがかゆくなるらしい。

だから、家正さんから引き継いだのはぶどう畑のみ。
それでもなんとか引き継がせようと、”毛無桃”=ネクタリンや貴陽(きよう)といった品種を作っていただこうとしたが、いずれも未遂に終わった。

それにしても、正孝さん。

―寡黙だ。
気が付くと、大森が説明したり、回答している、、、。

「そういえば今日は家正さんとお母様は?」
「桃の摘果に行っているよ。」
「家正さんも?」
「行ってるよ。」
「じゃあ、桃畑のほうも行っても良いですか?」
「ああ、いいよ。俺もこの後、草刈りに行くところだから。」
「歩いていけますよね?10分くらいですよね。」
「そんなにかからん。」

高橋さんの桃畑は、ご自宅から少し離れている。
先ほど通った道を戻り、下金川原の信号を右に曲がり、高速道路の下をくぐって、左に曲がる。
曲がるとすぐに、高橋さん自慢の完熟たい肥のが積んである。
全くにおわない。