「おお、本当に平ったい。」
フェリーから見える島は、盛り上がる場所も無く、平坦。
本州の南端、大隈半島から南に60kmの海に浮かぶ島、種子島。
辞書やネットで知った通り、起伏の無いなだらかな島であることが遠目から良くわかった。
種子島といえば、鉄砲伝来、宇宙ロケットのセンター、人によってはサーフィンの好適地として有名だろう。
近年、それに加えてブームになったものがある。
安納芋である。
関東では「さつまいも」と呼ばれるが、当の鹿児島や九州では「からいも」と呼ばれる。
その名称は、さつまいもの伝播経路と深く関わっている。
南米で「発見」されたさつまいもは、やせた土地でもよく育ち、ヨーロッパからアジアに伝わり、中国と朝鮮半島を通じて、沖縄に伝わった。
当時の薩摩藩が飢饉に陥ったとき、琉球(沖縄)で、やせた土地でも良く育つ作物がある、と伝え聞いて、導入した。
そのため、沖縄や九州では、中国の旧名「唐」にちなんで「からいも」と呼ばれる。
さらに年を経て、江戸時代。関東の飢饉に際し、導入を将軍 吉宗に進言したのが青木 昆陽(あおき こんよう)だった。
正確には分かっていないが、沖縄から鹿児島に伝わる過程で、種子島を始め、鹿児島県と沖縄県の間にある列島にも、さつまいもの栽培が広がったと考えられる。
ただ、関東と種子島では、品種の選抜が決定的に違った。
関東では、度重なる飢饉を救うため、「収穫量」や「大きさ」が品種改良の主な目的になった。
一方で、島自体がなだらかで、温暖な種子島では、収穫量よりも、味が重視された。
個々の農家で独自の選抜が行われ、特に味が良いとされたのが、種子島の旧安納地区に伝わる芋、すなわち「安納芋」だった。
安納芋ブームが始まった頃は、数量が少なく、なかなか手に入らなかった。
それもそのはず。個々の農家で島内で流通させるくらいの種芋しか確保していなかったのだから。
当然、種芋を増やそうと、地元で画策され、主にクローン技術を使い、安納芋の種芋は培養され、今日のように、種子島のみならず、全国の産地で、『安納芋』は作られるようになったのである※。
それにしても、種子島の海はきれいである。ブルーの場所もあれば、エメラルドグリーンの場所もある。
「今日の風のうねりと、雲の流れであれば、あの場所がポイントだな、って分かるようになってきたよね。」
その海に魅せられてはや15年。関東から種子島に妻子ともに移住したのが、りょくけんの安納芋生産者 川鍋さんである。
「一応、種子島中のサーフポイントは全部わかってますからね。」
迎えに来てくださった種子島 西之表港(にしのおもてこう)から畑に向かう車の中で、さらりと川鍋さんが言った。
真っ黒に日焼けした肌、がっしりとした体系に無精ひげ。関東弁も薄れて、川鍋さんはすっかり種子島人のようである。
川鍋さんは、現在の奥さんと東京で知り合い、一緒に北海道で有機農業を学んだ。
「北海道のどこで研修してたんですか?」と聞くと、
「旭川で1年半、ニセコで半年かな。旭川の農家はすごい人で、有機農業もやるわ、ジュースとか加工品もやってた。」
「え?もしかして谷口さんとこですか?」
「そう、知ってる?」
「うちのトマトジュースを作ってもらっている※ところですよ~。今年は『ゆめぴりか』とか黒豆も扱わせてもらってます。」
「そうなのー!いやあ、あそこで、自分は有機農法に出会ったんですよ。嫁ともども本当にお世話になったなあ。」
北海道では、他にスノウボードを堪能し、その後、種子島に移住した。今度はもっぱらサーフィンを楽しんでいたとか。
種子島で師匠について、種芋も譲ってもらい、完全に独立して就農したのは、5年前。
「まだまだ5年生。毎年勉強ですよ。」と豪快に笑う。
りょくけんでは、取引をお願いする際、美味しいことと、除草剤不使用が最低基準だが、川鍋さんは有機栽培に取り組んでいる。種子島の東海岸に2箇所、畑があり、どちらもJAS認証を得ている。日本のすべての作物の0.17%しか有機栽培農産物は無いのだから、とても希少である。
ただ、難しい話をすれば、有機栽培でもいろいろある。
ボルドー剤など昔から使われている農薬は使用しても良いことになっているし、極端な話、ハウスの中で、他の土地から持ってきた土をプランターに入れて、有機認証を得ている液肥を使って栽培しても、有機JAS認証はとることができる。
川鍋さんが目指しているのはそこではない。
自然と共生して、化学合成された農薬も肥料も使わず、生物循環が可能な栽培。
かなり難しい部類だ。
昨年は5年目に当たり、最も成功した年だという。とんびもあらわれて、畑の虫をついばむようになり、葉はさほどボロボロにならず、芋の皮の害も少なかった。
2つの畑は海岸線から少し上がったところにあり、海が見渡せるとても気持ちの良い場所だった。
安納芋は12月に収穫が終わり、今はらっきょうが植えてある。ただ、らっきょうは見えない。一面の草。
「農家としてはこれはあまり見せたくないんだよね。」
種子島は暖かい。当然、虫もわけば、草も生える。薬剤は使わないので、人がとる。取り終わった頃には、最初のほうの草がまた生える。
「本当は、この草とも共生させられれば良いんやけど…。やっぱり栄養をとられちゃうから、いもやらっきょうが太らないんだよね。」
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除草が終わりらっきょうが見えた!白い花の草が雑草。 |
川鍋さんのもうひとつのこだわりは、熟成。
デンプン質の塊であるさつまいもは、収穫してから適温で貯蔵することにより、糖化=甘くなる。最低でも一ヶ月は貯蔵し、食べて、味を確認してから出荷することを遵守している。
「やっぱりある程度、寒に当てないと、味が上がらないんだよね。1月~2月は本当に甘くて美味しいよ。」
川鍋さんが私を案内してくださっている間も、奥さんのさやかさんが、納屋で貯蔵具合を確認しながら出荷作業をしてくださっていた。
「奥さんの写真を見て、りょくけんの男性スタッフにファンが多いんですよ。」と言うと
「そうですか。じゃあ、うちの奥さんの歌を聞いたら、もっとファンになっちゃいますよ。」と川鍋さん。
ご主人がサーファーならば、奥さんはシンガー。
今度はぜひ歌も聞きたい。さやかさんの公式ブログはこちら
川鍋さんの、何にでも寛容な大きな人柄と、種子島愛が強く印象に残る数時間だった。
年も明けて一月。安納芋が食べごろである。
■安納芋の焼き芋 100gあたり210円 銀座店、池袋店、渋谷店
※2014年まで、種子島で作られたものだけが『安納芋』の名称を使ってよいことになりましたが、本年から解禁され、他産地でも『安納芋』と呼んでも良いことになっています。
※谷口農場 りょくけんの契約農家が栽培したトマトを持ち込み、ジュースに加工していただいています。有機栽培ではありません。