「見い来ぉし。」
高橋さんにそう言われて、断る術を私は知らない。
「子連れでも良いですか?」
「いいさよ。」
土曜日。嫁を仕事に見送った後、チャイルドシートに息子を載せ、車を走らせた。渋滞の都内を抜け、中央道に入った。平日であれば、2時間ちょっとで着けるところ、4時間強かかってしまった。
こどもは2歳になった。父親の私に連れられて、方々の畑にうかがわせてもらっている。仕事の話はなかなかできないものの、結婚する前から既知の農家さんたちには、本当に喜んでもらえて、私も嬉しかったりする。こどもも、楽しいらしく、畑を走り回っている。
「良く来たじゃん。」と高橋さんと奥さんが笑顔いっぱいに迎えてくれた。
奥さんは、納屋ではぶどうの出荷準備中。高橋さんはご自宅で休んでいたようだ。
←ピオーネ。
お目当ての、シャインマスカットの様子が見たくて、屋敷に隣接している畑に向かった。ぶどうも中盤で、藤稔はほぼ終了、ピオーネも残すところ後1週間分と行ったところだった。ピオーネの畑の奥に、まだか細いシャインマスカットの木があった。ここには、4年前まで、甲斐路(かいじ)という赤いぶどうの太い木があった。大好きなぶどうだったが、30年が経ち、その役割を終えた。代わって植えられたのが、シャインマスカットだ。国の試験場で生まれた白ぶどうのホープで、樹勢が旺盛で、3年目から収穫が可能、丈夫で病気にかかりにくく、しかも糖度が高くて美味しい、という夢のような品種のぶどう。
地方の試験場で生まれた品種ではなく、国が改良した品種のため、秘密がなく、全国で栽培されるようなっている。まもなくほかの白ぶどうを席巻し、主役になるだろう。
ぶどうは、食べるときに嫌がれることが二つある。すなわち、種と、皮だ。種は、生長ホルモンのひとつであるジベレリンに漬けることで、処理ができるようになった。皮は、これまでは、はがれやすいか、はがれにくいか、という区別がされたが、最近では、皮ごと食べられることがウリになる。シャインマスカットは、皮ごと食べられる。一般的なぶどうの皮も食べられないこともないが(ワインは皮ごと搾られる)、エグミがあったり、固くて口に残るため、あまり好ましくない。シャインマスカットの皮は、薄く、変な雑味が少ないのだ。
白に近い真っ青でもかなり甘みが強いが、あめ色にまで熟したシャインマスカットはさらに甘く、食べ応えがある。
はしゃぐ息子とシャインマスカットを見ていると、白のTシャツ姿で、高橋さんがやってきた。
←高橋さんとシャインマスカット。
「食べてみろし。」と1房とってくださった。果肉が少し生ぬるいせいもあり、甘さがぬきんでている。
「今年は、まだ3年目だからね。30房くらいのもんだね。欲しいなら、全部、りょくけんさんにとっておくよ。」
7年前に初めてお会いしたときには、高橋さんの糖尿病が最も悪い時期だったのか、足を手術したり、目を手術したり、めまぐるしかったが、ここ2、3年、体調がとても良いのだそうだ。お医者さによると、「農業で、毎日体を動かしているから。」だそうな。
←樹齢16年になる樹と藤稔。大粒で人気の品種。
7月初旬の桃「白鳳」から始まり、白桃、黄金桃、ピオーネ、藤稔。高橋さんのくだものシリーズのラストを飾る、「シャインマスカット。」
甲斐路の樹を切った、と聞いた時には寂しかったが、この期待の新品種が、今後どのような評価を、お客様から受けるのか、また、楽しみである。
■ピオーネ 山梨県産 1房 2100円前後(大きさによる)
■シャインマスカット 山梨県産 1房 2100円前後(大きさによる) 通販 1.8kg(2~3房) 4,200円(税込)
————————
―ちなみに、息子は小さな口に、大きな藤稔をほおばり、食べ終わると、「がどぉ、がどぉ(=「ぶどう」のこと)」と、ずっと要求していました。