「あれは、見なきゃ分かんないね。うん、見なきゃ分かんない。」
掘りごたつで、野沢菜と熟し柿をつまんでいた本藤さんの顔が突然こわばった。
↑手前がかぶ(すずな、菘)、奥が大根(すずしろ、蘿蔔)。
長野市屋島。広い長野県の北部に位置し、JR長野駅から車で20分ほどの場所にある。長野五輪で使われたスピードスケート会場エムウェーブがある。北信五岳と呼ばれる山々に囲まれた平野だ。
通常、七草は、春の訪れを告げるもので、あたたかな土地で作られる。そういう意味では、長野は不適切だ。ただし、栽培の北限地で作られる野菜は美味しい。寒さに十分にあたり、生長が遅いからだ。屋島は千曲川の扇状地であり、水はけが良く、凝縮度の高い野菜に仕上がる。
「ガリガリだね。」
朝早くに本藤さん宅に着いた。キンとする寒さだった。”ガリガリ”とは、霜が降りたことを指す。土がガリガリすることからだろう。
「ま、上がってよ。」と掘りごたつの部屋に案内された。奥さんが、自家製の野沢菜の漬物と、渋柿の熟柿をふるまってくださった。
「余分なこと、っちゃ、いけないけれど、本業以外のことを今年はやっちゃってね。畑の6反くらいが余ったんで、じゃあ、ちょうど良いや、ってじゃがいもを植えてさ。9月に掘り出して、被災地に届けに行ってきたんだよ。2回ほどね。」
ご自身が作ったじゃがいもと大根を持って、車3台連ねて、宮城県の女川地区まで行ったのだ。
「3月11日は、ここらはそれほどでもなかったけれど、次の日に大きいのが来てね。テレビで見る東北の映像で、他人事とは思えなくてさ。」
←ハウスで生育を確かめる。
「いろんな映像や画像が出ているけれど、あの状況は、見なきゃ分かんね。」
本題である七草の話に入る前に、そんな話になった。
農業は、気候や土壌条件も大切だが、最後は、人だ。
この人の七草を売りたい。そう思った。
↑なずな(薺)。ぺんぺん草とも。同じアブラナ科の大根の葉に似ている。
本藤さんのメインとなる作物は夏のきゅうりである。冬の間、ハウスが空くので、その期間を何かに生かせないか、と始めたのが七草だった。
「ところが、実際、始めてみると、そうじゃなくてね。結局、まだきゅうりを作っている9月に、七草のうち、セリを伏せこまなくてはいけなくてね。」
↑セリ(芹)。クレソンみたいだ。
春の七草のうち、種が販売されているのは、”すずな”こと、かぶと、”すずしろ”こと、大根の二つだけだ。あとは、田んぼに生えているのを見つけて、ハウスの中に移植し、”栽培”する。セリも、田んぼのあぜ道に生えているのを見つけて、伏せこみ、11月になってからハウスの中の、井戸水を汲んだプールに移植する。以前は、水だけで育てたが、流れてしまうので、砂を入れるようにした。その他、なずなも、はこべらも、ごぎょうも、ほとけのざも、すべて畑や田んぼで見つけたものを移植する。
「七つそろえるのが大変でね。」
一つでは七草にならない。なずな、すずしろ、すずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、セリ、すべて、生長スピードが違う。雑草だが、虫もつく。特に、なずなは、アブラムシが大変好んで、ついてしまうのだという。
「最終的にはね、田んぼの雪をどかしてでも、生えているのをとってきて、出荷する。かぶ(すずな)とだいこん(すずしろ)は、どうにもならないから、少し多めに作るんだ。」
↑ほとけのざ(仏の座)。
↑ごぎょう(御形)。朝露に濡れている。
↑はこべ(繁縷)。繁茂してくると下のほうが枯れてくるので、上部のほうだけを使う。
「割と、大変でね。毎年毎年やめたい、って思うんだけど、だんだんと人気が出てきてしまって、やめるにやめれない。」
「七草を栽培してどれくらいになるんですか?」
「もう四半世紀―。いや、もっとだな、30年近くになる。」
「まあ、今年は、本業でないことをやっちゃったけれど、なんとか、七草も出荷できそうだよ。」 本藤さんが笑う。
「そうそう。七草粥にするときは、お米と一緒に炊き込んでも良いけれど、お粥が出来てから、七草を入れたほうが色がきれいに出来るよ。火も十分に通るから大丈夫。」
冬はつとめて。
この出会いに感謝。
■七草 長野県産 1P 630円(税込) 銀座店、池袋店の両店舗で、期間限定(1月5日~7日)、数量限定で販売。