まだ、行った事はない。
だが、きっと、熊野古道ってこんな感じだろう。
和歌山県 紀美野町の宇城さんの畑に向かう途中、舗装が途切れた道路を目の前にして、そう思った※。紀伊山地の山道は、くねくねだ。
宇城さんは、柿農家だ。黒ゴマたっぷりの紀ノ川柿を、ご夫婦で作っている。
��年ほど前に、会社勤めだった息子さんが、家に戻り、野菜の栽培を始めた。遠くには田辺湾を見ることが出来、南西向きの斜面で、日当たりも抜群。標高も高いため、昼夜の気温差がある。柿栽培には最適な場所だが、失礼ながら、あんな急斜面の柿畑の周りの一体どこに、野菜をつくるスペースがあるのだろう? いつもそんな風に思っていた。
←宇城さんの柿畑より。奥にうっすらと海が見える。
浜松から和歌山は遠い。というか、時間がかかる。大阪まで新幹線で2時間。そこから急行に乗り換え、海南駅まで2時間。そこから車に乗り換えて1時間。合計5時間かかる。自分の拠点を東京に変えてから、交通の便はグンとよくなった。関西地方の地図を見ていたら、関西空港から宇城さんのところまでが近距離なのが分かった。調べてみると、空港から、車で一時間でいけることが分かった。羽田~関西空港は、1時間とかからない。便数も多い。東京から和歌山は近い。
朝一番6:20の飛行機に乗って、関西に向かった。
←飛行機から。静岡の上空。
「10年前まで、37軒の農家がいたんですわ。それが、今は16軒。」
宇城さんと落ち合い、車に同乗させていただき、畑に向かった。
「あ。あそこのうちも、戸が閉まってる…。本当に突然、体を悪くしちゃうんですわ。こないだまで、畑をきちんと手入れしてたのに…。」
宇城さんが指差す方向には、雨戸が締めっきりになった家があった。
「うちの会長もよく言ってます。『耕作放棄地が増え、日本の農家の一人当たりの面積はアメリカ並みになります。』って。宇城さんもその受け皿にならなくちゃいけないですよね。」
「実際ね…。将来的には3~4軒。3~4軒に減ると思います。将来って言うのは、ここ4~5年の間に。」
効率は上がるかもしれない※。だが、本当に喜んでよいのか、なんだか複雑な気持ちだった。
「あそこですわ。」
くねくねの道を下がっていくと、目の前に、盆地が広がり、きれいに有機的なカーブを描く棚田が見えた。風光明媚。
「稲をもうやめてしまった人から、あの棚田の土地を借りて、息子が野菜を作ってるんですわ。まあ、降りてみましょう。」
先人達が芸術的に作り上げた棚田を、今、有望な若手が引き継いでいる。そんな畑を目の当たりにして、ワクワクした。
ふもとに着き、棚田、いや段々畑を順に見ていくと、一段目には、とうもろこしが並び、順番に、オクラ、なす、水なす、いんげん―。
「お!ブルーム!」
先に畑で一仕事していた息子さんがコンテナいっぱいのきゅうりを運び込んでいる。覗くと、きれいに粉が吹いた、きゅうりが並んでいた。
「こっちの列が自根で、あっちが、接木やけど、ブルームが出る台木を使っとるんよ。」と息子さん。
食べさせてもらうと、みずみずしく、甘みがあって美味しい。
惜しむらくは出荷時期の短さ。完全な露地なので、9月いっぱいで終わってしまう。
「ここらは、冬が早いからな。」
自己紹介よりも前に、きゅうりに目が行ってしまった。改めて自己紹介。宇城さんの息子さん。当たり前だが、若い。研究熱心で、ポイントを押さえた野菜を少量多品種で作付けしてある。レストランの料理人さんともお付き合いがあり、料理の知識も豊富だ。
←ズッキーニの畑。奥にむかってゆるやかにカーブ。
今期は、数ある野菜の中でも、こどもピーマンをお願いしている。タキイ種苗が開発した品種で、パプリカのように肉厚で、ジューシーだ。それでいて、小さくて使いやすい。特筆すべきは、その食味。ピーマン臭さがきわめて少なく、食べやすい。実はこの品種、辛さで有名な、あの、ハラペーニョから生まれた。いくつかの実験品種の中で、たまたま、辛味のないものが生まれ、そこから性質を固定して選抜したのが、こどもピーマンだ。そういえば、どこかハラペーニョに姿かたちが似ている。小ぶりで、お子さん向けの食味から、その名前が付けられたのだろう。
←こどもピーマン。
「野菜については、息子にまかせっきりで、自分は何も手出しせんですわ。」と宇城さん。
ふと思い出す。
「こういうのをつくってみたんですけど。」 と珍しい野菜の紹介や
「実は息子が帰ってきましてね。」 と言う宇城さんの電話の声は、どこかいつも弾んでいて嬉しそうだった。
宇城さんのつくる紀ノ川柿。私が入社以来、ずっと推してきた商品で、自分の思い入れも強い。
その親子がつくる魅力的な野菜たち。しっかり応援して、次代につなげていきたい。
←宇城さん。親子で撮ればよかった…。
■こどもピーマン 和歌山県産 量り売り 1P 200円前後 ~10月末まで
※実際の宇城さんの家まではきちんと舗装された道路。自分が道に迷い、ついに舗装がなくなった。
※大面積の畑を、一箇所持つことにより、畑間の移動もなくなり、機械化が可能になる、など効率化が図れる。国土のほとんどが山の日本では、ほとんどの農家が、数箇所に分かれて畑を持っている。畑と畑が離れていたり、自宅から遠かったり、移動距離と時間は馬鹿にならない。地方によっては自治体がイニシアティブをとり、「基盤整理」と言って、農家から土地をまとめて回収し、集約して、分配する、という政策をとるところもある。日本の農業改革には不可欠な政策だが、前任者の施肥管理や、どんな病気を持っているか、など、その土地のクセを知るまでに数年かかるため、嫌がる農家も少なくない。