「まーったくね。今年は旱魃で、雨が降らないから。玉は小さいけんど、糖度はウンとのるだよ。」
電話口で、高橋さんが、楽しそうに話していた。
山梨県 一宮御坂(いちみやみさか)地区。業界の人間ならば、誰もが知っている桃の一等地だ。富士川(笛吹川)の支流が散り、ほとんどの地域がもともと河川敷のため、下地が砂利で、水はけが抜群に良い。そのため、くだものの糖度が、どんな年でも上がりやすく、くだもの王国 山梨の中でも一番の名産地だ。
中央高速の一宮御坂インターから車で2分ほど。以前は金川(かねがわ)という川が流れていた場所に、高橋さんの畑はある。
恵まれた畑に、高橋さんの栽培方法も加わり、熟度の高い、あま~い桃を毎年届けてくれ、スタッフさんの中でもファンが多い。
��00ほどいる契約農家の中でも、りょくけんに入社して一番最初にお会いしたのが、他ならぬ、高橋 家正さんだった。
今年、3度目の電話は、奥さんの悲痛な声だった。「昨日ね。夜中にひどかっただよ。雷は落ちるは、風は吹くは、雹は降るは。もうね、あんまり無いからね…。」
決して豊作ではなかったが、品質が良いと聞いていたので、絶句してしまった。
先日、お宅を訪ねると、高橋さんは、屋敷裏のぶどう畑に居た。
「まーったくね。」
なんとか正品にしようと、雹害のあった粒を落とす作業を行っていた。
「東側から、風と雹が降ってきてね。全部、傷が着いちまった。」
次々と傷のある粒を落とすが、キリがない…。桃畑も行こうと誘われ、向かった。高橋さんは、糖尿病を患っている。3年前に重くなり、一度入院もしているが、農業で体を使うからか、ここのところ調子が良い。ただ、目が弱っているのか、やや運転がスリリングだ。
←典型的な一本作りの木(若木)。斜めになっているが、本来は真っ直ぐだった。
桃畑では、奥さんが一人、手入れをしていた。
「おお、誰かと思ったら!」 と出迎えてくれた。
「まーったくね。15日の日にね。突然、曇り始めたと思ったら、雷が鳴ってね。あっという間に、家の前の川が溢れて、床下浸水するくらいでね。大騒ぎだったですよ。で、風は吹くわ、雹まで降ってきちゃってね。」
「
ここの枝も折れちゃってね。」
「あそこも。」
「ここも。」
「あそこの樹は、上の一番良いところが…。なーんも残っちゃいんだね。」
「良い実だなあ、って見てみると、全部傷があるだよ。」
私なんぞの目がまったく追いつかないほど、被害がある。
言葉が出ない。くだもの栽培は、野菜と違い、一年に一度しか収穫できない。失敗してしまえば、その年の収入は、基本的には、0になる。
「まー自然には適わんだよ。」
折れた枝や、傷の付いた桃を見上げながら、高橋さんが、さらっと言った。
「まーったくね。」 と奥さんが同調する。
朝の女子サッカーで高揚していたテンションが、一気に下がって行ったのを感じたが、高橋さんのひとことで少し気がまぎれた。
本来ならば、私が、慰めの言葉の一つでもかけなくてはいけないのだが…。
「大丈夫、お店に出すくらいなら、あるから。」
今年は、文字通り、生き残った桃だ。心して売らねばなるまい。
■白鳳 山梨県産 大1玉 630円、小1玉 399円