ドイツ南部の地方に、シュヴァルツヴァルトという場所がある。「黒い森」 という意味だ。
ここは、黒ではなく、青であることを、強く感じながら、空港にランディングした。
空から見る青森は、文字通り、青い森。うっそうと茂った木々は、緑を通り越し、青々としている。まさしく、「青い森」の名にふさわしい。
岩木山。
空港から1時間ほど車で走る。幹線をそれて、わき道に入ると、まもなく、田沢さんの畑に着いた。背後に岩木山がそびえ、目の前には岩木川が流れる格好のロケーションだ。山から川に向かって緩やかな傾斜地となっており、河岸なので、下地はジャリジャリの砂と石で出来ている。抜群の水はけだ。西側に川が流れていて、日を遮るものがなく、日当たりも良い。
岩木川。
「背後に山があり、西向きの圃場。扇状地だがら水はげも良い。ぐだもの栽培には最適だな。」
園地の真ん中で、空を見ながら、腰に両手をかけた田沢さんが、目を細めて言った。肩幅が広く、大きな背中だが、痩身で、肌は乾いている。強い眼差しと身振り素振りには、確固たる自信が見て伺えた。
「お客様に一番伝えたいことって何ですか?」と聞くと、
「気合を入れてごちらもづぐってるがら、お客さんも気合をいれで食べてぐださい、ってごどがな。」
まだ少し肌寒い5月。田沢さんとの初めての出会いはそんなだった。
これから花が咲く。
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7月14日。久しぶりに園地を訪ねてみた。やっぱり花芽を見ただけでは、つまらない。天気予報とにらめっこしながら、ようやく再訪問することができた。
裸だったさくらんぼの樹の周りにはネットが張られ、上部には雨除け用のビニールが張られていた。雨に当たると、いかに扇状地であろうと、味が落ちるのと、パンパンにはったさくらんぼの実がはぜてしまうからだ。
「ネットは、虫除けと防風のためですか?」と田沢さんに聞くと、意外な答えが返ってきた。
「いや、けもの対策だ。」 きょとんとしている僕に、田沢さんが続けた。
「ハクビシンどが、アライグマどが。げものとの戦いだな。ごれだげ、ネッドでしめぎっででも、どごがらがはいって、一気に食べられる。しがげも入れているが、ががらねんだ。」
指差したところに、確かに、空の檻が置いてあった。
枝に登って、高い所にあるさくらんぼも食べられてしまう。
案内されて、白いネットの中に入ると、興奮した。
赤い宝石、とは良く言ったものだ。
細めの枝にたわわに実をならせている。強い日差しが、赤い実を照らし、半ば透き通ったように見える。
本当に綺麗だ。
「ごれが、佐藤錦だ。ごごのあだりをだべてみだほうが良い。」
着色が十分なものとまだなものとがあり、案内のあったほうと食べ比べると、やっぱり、色が濃いもののほうがうまい。熟度が高いのだ。さくらんぼ産地の一等地である山形以外の産地、例えば北海道では、多くの場合、摘果(=間引き)を行わない。手間を惜しんで作りこみが足りないから、食味も上がらない。最近では山形に追いつこうと、きちんと間引きを行う農家さんも増えているが、まだまだ稀有だ。田沢さんはきちんと間引きを行う。花の時点で、だいたい半分くらい落とし、実がなってからさらに半分くらい落とす。
「おっかちゃんと二人で全部やるんだ。」
収穫や箱詰めこそ人手を募るが、それ以外はすべて夫婦でやりこなすのだそうだ。最も、熟練が必要な作業ばかりだから、そのほうが効率が良いのかもしれない。
田沢さんの畑には、実験品種も含め17種類ほどのさくらんぼが植えられているが、メインとなるのは3品種。
佐藤錦と紅秀峰とサミットだ。
佐藤錦は、この世に送り出されてからずっと、ナンバーワンの座にいる品種で、適度な酸味を持ち、甘さのバランスが良い。最初に酸味が口の中に広がり、だんだんと甘さと調和してくる。糖度は22.5度!
紅秀峰は、最近、作付けが増えてきた品種で、酸味が少なく、分かりやすい甘さがある。糖度も佐藤錦より高い傾向にある。やや晩生の品種で、佐藤錦よりも1週間ほど収穫が遅い。なんと糖度は27度もあった。
サミットは、少し変り種と言って良いだろう。糖度は17度くらいだったが、クリムゾンブラックの濃い果肉の色が特徴で、いわゆるアメリカンチェリーの流れを汲み、大粒で、食べ応えがある。こちらも晩生だ。赤い果汁が目新しい。
果汁が赤い。
「田沢さんが一番美味しいと思う品種は何ですか?」と聞くと、少し考えてから、
「やっぱり、佐藤錦だな。甘い品種はだぐさん出でぎだげど、あの、適度な酸味と甘さのバランスは、やっぱり最高だな。」
一通りの品種を食べてみて、自分も、田沢さんの言葉にまったく同意見だった。酸味って大事だ。
ダイアナブライトという糖度の高い品種も食べてみた。手元の糖時計では、32度あった。あまったるくて、ちょっとお茶が飲みたい感じだ。
「ごれは、まあ趣味の世界のさくらんぼだな。」
右がダイアナブライト。左が佐藤錦(まだ幼木)。一枝になる実の数がまったく違う。
隣に並ぶ佐藤錦と比べると、歴然。実のなりが5分の一ほど。間引きもまったくしていないが、まばらにしか実がつかないのだそうだ。
これをお店で販売できたら…。その価値をきちんと表現できたら…。佐藤錦の美味しさに納得しつつも、少し商品担当の血がうずく。
��月5日から収穫が始まり、今がまさしく最盛期。季節もので、ほんの2週間くらいの短い旬だ。
「もうぬくくで、本当の味じゃないな。」
田沢さんがサミットをひと粒食べて言い放った。
朝5時から収穫を始め、8時には終わらせて、午前中には選果と箱詰めを済ませる。日中暑くなると、味もぼけるし、品温が高い時に収穫すると傷みも出やすいためだ。本当は、3時とか4時くらいから始めたいが、伝票などの事務作業をしていると、どうしても寝るのが遅くなり、5時から始めるのが精一杯になのだと言う。
一番のこだわりと、美味しさのポイントは、熟度だろう。
「腐れとの戦い。腐敗との戦いだぁ。」
熟度が浅いと、その分、傷みも少なく、正品率が上がる。だが、美味しさは決して得られない。
「特にサミットは黒いから分がりにぐい。だがらみんな早もぎしちゃうんだ。果肉の色じゃなぐで、軸の色を見るんだ。白っぽい状態から少し赤みを差した時が収穫時だ。それとやや細くなり、ぶちぶちとる感じではなぐで、ぱっと樹から離れるような感覚になる。ま、経験だな。」
田沢さんの額にじっと汗がにじむ。
ちょっとしか話していないのに、「戦い」という言葉が二回。
田沢さんが気合を入れて作ったさくらんぼ。私たちも、十分に気合を入れて、食べねばなるまい。
■さくらんぼ(佐藤錦) 青森県産 1P 1260円 ~7/10ごろまで
■さくらんぼ(紅秀峰) 青森県産 1P 1260円 7/10~7/20ごろまで
■さくらんぼ(サミット) 青森県産 1P 1260円 7/15~7/20ごろまで