南関町(なんかんちょう)は熊本県といっても、福岡との県境にある。少し道に迷った後、少し小高い場所に建てられた真弓さんのお宅に着いた。
「軽トラがないな。お留守かな?」 呼び鈴を鳴らしても、人の気配がない。13時3分。約束の時間を3分過ぎたころだった。 「あわただしく会社を出発したので、間違えて伝えたかもしれません…。どうしましょうか?」しばらく、上司と途方に暮れていると、ブオオオオ~と続けざまに2台の軽トラが坂を上がってきた。1台目がご主人。2台目は奥さんだった。
「待たせてしまってえらいすんません!」
半そでで汗びっしょりの、真弓さんが軽トラから降りてきた。「熱うばってん言っちょられんけんですねー。メロンは待ってくれんですたいねー。」
快活に笑う真弓さん。
3月下旬だったが、熊本は、浜松とは比べ物にならないほど暖かかった。ちょうど私が約束した時間が、ハウスの開け閉めの時間に当たり、その作業を急いでしてきたのだった。暖かくなってきたので、ハウスの温度管理がむつかしい時期だった。
「お忙しいところ、すみません…。」 ちょっと反省。
お宅に上がると、奥で奥さんが包丁で、トントンと何か切っていた。しばらくすると、その正体が分かった。…メロンの漬物だ!メロンはつる性の植物で、つるの先にいくつもの実をつける。ところが、全部に実をつけると、栄養が方々に行くからバラつきが出る。それを防ぐために、せっかく着いた実をつむぎ、3~4玉程度残す。いわゆる「間引き」だ。そのときつむいだ実は、まさしく瓜だから、漬物に向くのだ。砂糖、塩で漬けたメロンは、シャキシャキとして甘味があり、初めて食べたが、美味しかった。
「真弓さんは、井上さんとはどんな関係なんですか?」
「井上さん?ああ、井上さんは、中学の同級生ですたいねー。大牟田と南関は車で30分かからんばってん。」
冒頭にも書いたが、南関町は、福岡県は目と鼻の先。実は、真弓さんは、冬の間、りょくけん松屋銀座店にみかんを出荷いただいた井上さんのご友人。良いメロンを探していたときにご紹介いただいたのだ。熊本弁とはちょっと違う、長崎と博多弁の間のような口調で、なんだか朗らかな印象の方だ。
自宅から少し上がったところに、真弓さんのハウスはあった。標高は凡そ100m。土目は赤土に見えるが、違うという。
「肥後グリーン」というメロンは、熊本県が満を持して、世に送り出した緑肉メロンの品種。糖度が16度以上になり、種の部分が少なく、したがって果肉が厚い、という「品種としての特徴」がある。よほど失敗しない限り、糖度15度は下回らないという優れた品種だ。ところが、ネットのハリがきれいでなく、市場では高く評価されない。食味は良いのに、比較的安く取引される所以がそこにある。
種部が少なく、果肉が厚い。
メロンには、主に二つの栽培方法があり、ひとつが、マスクメロンに代表される「立体栽培」で、もうひとつがプリンスメロンなどの「地這い栽培」だ。前者は高級メロンの代表格で、一株からひとつだけ実をつけ、地面から離して育てる方法。栄養が集中し、玉も大きくなり、香りや甘味が引き出される。ただし、効率が悪く、非常に高価になる。後者は戦後生まれたメロンで、マクワウリなどと交雑して生まれた。「雑メロン」と呼ばれる部類のメロンだ。支柱などを立てずに地面に這わせたまま育てるので、「地這い栽培」と呼ぶ。小玉で、糖度はそこそこだが、安価に栽培が可能で、その結果、メロンは、広く食べられるようになった。
真弓さんの肥後グリーンの栽培は、そのどちらでもなく、いわば中間の栽培方法。「半立体栽培」と呼ばれ、ひざよりも低い支柱をたてて、そこに紐をかけて、メロンのつるを引っ掛けるのだ。立体栽培ほど手間がかからないのに、太陽が満遍なくあたりやすく、かつ地面に近いところにあるので、地温に守られて寒さにあたらないという二つの利点を持つ。また地面に接していないので、果皮も傷つかず、いわゆるB級品も少ない。
土壌も大事だ。熊本であっても、稲の後作として水田でつくることが多い。ところが、水田でつくると、水分が多いので、大きくなりやすく収穫量も増えるが、味は上がらない。せっかくの肥後グリーンの味が薄まってしまうのだ。
『半立体栽培』ひとつひとつにきちんと光が当たるように手入れされている。
4月末。再び真弓さんを訪ねた。ちょうど初出荷の日だった。あたたかいせいか、少し例年より早いとか。糖度は17度を超え、非常に美味しい。お土産にいただいたメロンを一日置いて食べると、果肉に粘りが出て、香りがさらに強くなっていた。一段と美味しい。さすがだ。
デビューが一日遅れたが、今日から店頭に並んでいるはず。お見逃し無く。
■メロン【肥後グリーン】 1玉 1575円(税込) 1/2玉840円(税込) 5月上旬~6月上旬