りょくけん東京

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第77回松栄会に参加。

6月の第三金曜日は、毎年、松栄会がある。

今年で77回目だそう。

松栄会とは何ぞや、と言うと、簡単に言うと、松屋百貨店に出店している会社のグループである。
グループに入るには、松屋からの推挙やグループ幹事の承認が要る。

2006年にリニューアルオープンして数年間、売り上げ好調だったので、ご推挙いただき、入会。
(株)りょくけんから分離独立した後も地位継承して、無事に今も会員となっている。

会社の代表になる前から、名代として参加していたので、十数回目の松栄会参加だ。

松屋の考えや、今の百貨店の流れも知ることができるし、180社以上が参加するので、私に足りない”横のつながり”つまり他の会社の方とも傾斜目線でお話ができるので、とても良い会だ。

◎松屋銀座は好調な都内百貨店においても、きわめて好調で、155期は史上最高の売上だった。
◎共存共栄を軸として、あらゆるステークホルダーの幸せを実現していく。
〇食品は、そこまで好調ではない…

といった事実を確認した。

(株)ロック・フィールドさんの部長(RF1が主力テナントの、日本の惣菜会のトップオブトップ)、米八さん(おこわ屋)の常務、銀座アスターさん(外食および中食の中華料理ブランド)の部長、和幸さん(とんかつ屋さん)の部長、松屋浅草店の食品部長と同席させていただいた。
ここ数年、ロック・フィールドさんと米八さんのご担当者とは同じ円卓なので、ついついお話が盛り上がる。

合間を縫って、松屋側の方にもご挨拶。
以前は、嫌だった気がする。。。

最近は名刺を差し出すと「もう十何枚も持っているから要らないよ!」と笑って言われたり、「いつも売場にも出られて。社長会ってのりょくけんですから、お体気を付けてください。」と労いの言葉を頂戴するのが、心底嬉しかったりする。
オープンからお世話になっている方には、商売のアドバイスをもらいにいったり。
当時課長だった方は、十数年得て、執行役にまで昇進している。

「おまえさ、温暖化で、くだものの熱帯フルーツが流行ってきてるみたいだからさ、そこに健康要素とか女性が好むようなものを取り入れてさ、(略)」

銀行や資金繰りにご相談をしてきた方には
「これから、金利が上がって、今度は銀行は貸したくて仕方なくなりますから。堅実に守っていくときは守らなきゃいけないですけど、ここからは、そういった要因も鑑みながら、ね。」とアドバイスもいただいた。

「野菜、とってますよ。美味しいですねえ~」と松屋の会長から言われたことと、別の会社の社長さんから「ホワイトデーの贈り物にいつも使ってますよ。」と言われて、驚いた。
世の中、どこかでつながっているものだ。

松屋は、一昨年前に、社長が代替わりした。
創業一家の古屋さんに戻った形だ。

まだまだ若い方。

開口一番、「あ、りょくけんさん。どうぞ末永く、お店を続けてください。」と目を見て言われ、心底、ほっとした。

だって、世の中、いろいろある。

17時45分から始まった松栄会も、19時半で閉幕。
本当にあっという間だ。

例年のごとく松栄会万歳と松屋万歳と、一本締めを行った。

オンワード樫山の社長さんと松屋の常務が、それぞれ音頭をとってくださる。
まるく(〇9)収めるため、手拍子は9回なのだとか。
チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャと参加者で行う。

この瞬間が、時代錯誤かもしれないけれど、けっこう好きだったりする。

円卓に戻ると、料理が数品残っており、すこし恥ずかしかったけれど、食品に携わるものとして、絶対残すまいと、料理人の心のこもった料理を美味しくいただいた。
デザートに、やや緑の残った生ライチがあった。

これは、玉荷苞に違いないと気づいたのはきっと、会場中で私だけだろう…。
切れ目が入った殻から、中の果肉を取り出しほおばった。
種がやや長方形で小さく、ぷりぷりして甘い。

思った通り、台湾の玉荷苞ライチだった。

やっぱり流行が来ているのかな、と思った。
宮古島の玉荷苞は赤かったけれど、台湾から輸出する場合は、少し未熟なうちに収穫して移送するのだろう。

ごにょごにょと思いながら、会場を後にした。

また、今、この時から、頑張ろう。