ハウスの、唯一開いていた出口には、一人のおばあさんが杖をついてたたずんでいた。
手には、しっかりとベビーレタスが握られていた。
「これ、もらっていって良いかねえ?」
「良いじゃないですか!あのままダメになってしまうかもしれませんし。」
市長と金子さんが手に持っていたカゴには、まだまだいっぱいベビーレタスがあって、そこから一握りとっていったとしても、何に影響があるわけでもないだろう、と思った。
おばあさんは、察するに地権者の一人。
初出荷式に招待され、ハウスも見学し、何をやろうとしているのかを把握して、帰宅するところだったと思う。
「従業員の方が迎えに来て、送ってくれる、というから。」と待っていたのだった。
「しかし、良いねえ。これは売れると思うわ。若い人はこういうの好きやから。しかもやわらかそうだから、食べやすそう。これは売れるやろう。」
「そうですね。」
金子さんのことを誉められた気がして、嬉しくなった。
「しかし、これは収穫が大変やな。どのくらい人でとるつもりなんやろ。」
「違うと思いますよ。あそこにトラクターがあるじゃないですか。あれがカッターになっていて、機械で収穫するんだと思いますよ。」
「あ、そうかい。そうだよね、機械で取るよね(じゃなきゃ大変だよね)。」
おばあさんも一安心に見えた。
―でも、それは誤りだった。
後になって確認したら、”手刈り”だった。
葉の長さなどを調整したり、機械で取るとやわらかい葉が痛むので、手で刈り取るのが、特徴の一つなのだとか。
頭の中に、奥行き100mのベビーレタスを思い浮かべ、途方も無いことに感じた。
一人で、一列(3m×100m)を刈り取るのに、一体どのくらいの時間が掛かるのだろう?
そのときの私は、そうとは知らず、地権者の一人と思われるおばあさんと仲良く話してしまっていた。
「そっちから向こうは譲ってくれなくてな。奥にも家がみえるやろう?あそこもな。」
と解説してくださった。
「お宅は記者さん?」
私がカメラをぶら下げていたので、そのように見えたらしい。
「あ、いえ、金子さんの、金子社長の元同僚です。ずっと一緒に働いていたんですよ。」
「ほお。そうかね。じゃ、私はここで車を待ってるから。」
「はい。ではまた!」
そういって、また駆け足で、青の外装の会場に戻った。