春日居でもなく、一宮御坂でもなく、加納岩でもない。
”大野”とは、初めて聞く名だ。
「JAの管轄では、すぐそこに共選場がある加納岩(の所属)なんだけど、春日居の農家も川を越えて、この地域でいくつも畑を持っていて、ここらで収穫した桃も、”かすがい”の桃で出荷するんですよ。」
はてな?
大野は、加納岩のJAに所属する。
でも一等地として知られる春日居の農家も隣接する大野に畑を持っていて、加納岩や大野ではなく、春日居の農協を通して出荷する。
つまりは、一等地として知られる産地ブランド”春日居”にも勝るとも劣らない産地というわけだ。
ちなみに、大野は大野村で、1875年に加納岩村に合併された。
さらに1954年には、加納岩が山梨市に統合され、加納岩の地域名はなくなってしまった。
一方で、大野の地域名は残った。
複雑なのは、加納岩の地域名はなくなったのに、JAの名前は”加納岩”のため、そのJAに所属する”大野”という産地ブランドは表に出ないワケだ。
意外と、こういう話は、全国で珍しくない。
大野は、笛吹川と重川に挟まれた地域。 ※出典:Google マップ |
「なんで、今年は小さい、って言われているのに、あんなに立派な桃ができて、糖度も高いんですか?扇状地だからですか?」
雨宮さんが首を横に振る。
「いや、やっぱり大野っていう地域が、桃に合っているっていうか。」
「…」
実際に出来上がっている桃を食べたし、見ているので、桃栽培の適地であることはなんとなく察しが着く。
でも具体的には、良く分からない。
「合ってる?肥沃だということですか?」と食い下がってみた。
「う~ん。”デルタ地帯”が良いって言うじゃないですか。」と雨宮さん。
「デルタ地帯=三角州ですね!」
「そう、大野は、笛吹川と重川(おもがわ)に挟まれた三角地帯で、河川が運んだ堆積地なんですよ。例えば、ここら辺で1.5mも掘れば、すぐ白っぽい土目になるよ。」
「砂利ですか?そこは扇状地なんですね。」
「そう、そんで、少し掘ると、この屋敷でも、土器が出てくるよ。」
「お!縄文人がここにも住んでいたんですね!」
雨が多い年でも排水が良いから、糖度が上がりやすい。
それでいて、堆積地だから、肥料分も抜けない。
理想的な土地だ。
山梨は、古くから人が住んでいたようである。
縄文土器や土偶もたくさん発見されている。
少し小高い丘が、唐突に現れるときもある。
つまり古墳だ。
多くの技術を持たない古代の人が住みついて栄えた。
要は、土地の力がある、ということか。
時代が進むと、古墳を造成することができるくらい、豊かな層も生まれたわけだ。
歴史好きなので、思わず、悠久の古代に思いを馳せてしまった。
「ま、残すところ、あと3回。あと3回は出荷できると思うから。」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします。」
”大野”。
まだまだ知らないことがあるものだ。
だから、産地に足を運ぶのは面白い。
「ところで、20品種くらい作ってますよね。大変じゃないんですか?」
「うん、まあ、自分がやれるようにやらせてもらってるから。無理はしてないよ。」
なんだか、その、気負いのない、肩の力の抜け具合が、良いな、と思った。