「『しゅ、主役だよ。』って言ってましたよ。主役って言うことは明智光秀かなあ?」
お店で、そんな話を耳にした。
りょくけん松屋銀座店には多種多様な方が勤めている。
ダブルワークの方が多い。
本業が俳優の人もいる。
しかもかなり中心的な存在だったりするので、公演があるときは、ややお店が困る。
実は今、そんな時。
6月6日水曜日から10日日曜日まで。
初日と千秋楽以外は一日2回の公演。
自分もすごく忙しいのだけれど、主役と聞いて、売場にいても、なんとなく張り詰めている様子を見ていたので、今回は、行ってみたいと思った!
(いろいろな締め切りをお待たせしている方、本当に申し訳ございません)
舞台である萬劇場(よろずげきじょう)は、大塚駅から徒歩4分のところ。
会社からだったので、三田線の巣鴨駅から歩いて向かった。
13分ほどで、劇場には無事に着いた。
事前に、バックルームに張られていたチラシには、名前が3番目になっていたけれど、当日のパンフには、一番上になっている。
「お、本当に主役だ。お、木下藤吉郎、秀吉役やん。」
少し薄暗い受付から地下2階の劇場まで階段で降りた。
前座?の方が、見所や注意事項をしゃべっている。
ステージは、黒く、赤い布が側面に張ってある。
決して広くはないが、それでも200名くらい座れるのではないか。
入場したのが直前だったこともあり、あいている席も少なく、一番前に座ることになった。
「天正(てんしょう)」というタイトルで、織田信長が死んだとされる本能寺の変の前後を描いた歴史もの。
そこに、イギリスの文豪シェイクスピアの「マクベス」の要素を加えて、突然告げられた”運命”にあがなう3人の男を追う。
あらすじを言えば、そんなところか。
冒頭の場面は、イングランド。
ジュウベエと呼ばれる年輩の日本人と、サー ウィリアムと呼ばれる人が、会話をしている。
お互いを認め合った仲で、心を許した友のようで、
「それでは、私の過去の話をすべてあなたにお話しましょう。」
と紹介し、場面が変わる。
日本の戦国時代。
織田信長が、浅井・朝倉連合軍に破れ、木下藤吉郎こと、後の羽柴 秀吉が殿(しんがり)をつとめるところに。
戦には負けたものの、秀吉が主君 信長を見事に逃がすこことに成功し、その後の出世の糸口となる場面だった。
明智光秀と徳川家康も援軍に現れ、秀吉も危機一髪、命を長らえた。
運命にあがなう3人の男、とは、すなわちこの3名。
秀吉、光秀、家康。
そして勢い良く出てきた、この秀吉役こそ、我々の同僚!
「!」
なんだかくすぐったいような、不思議な感覚だった。
メイクもしているけれど、明らかに、発声も違う。
普段(私の知っている範囲での)は、物静かで、表舞台よりも裏方のほうが好きな感じだ。
すべてのテンションは、この舞台に注がれているのか!
と思わずにはいられない勢い。
40年くらいの年月を2時間ほどの舞台にぎゅっとつめている。
若き日の秀吉から死ぬまでを演ずる、かなりの大役だ。
衣装もメイクも変われば、声色も変わる。
彼の役者魂を見た。
周りの人もやっぱり面白い。
ぐっと落ち着きのある人。
顔の濃い人。
動きがやたら大きい人。
顔がやわらかく、短い時間に多くの表情を見せる人。
きっと他の舞台では主役を張る人もいたのではないだろうか。
客席から歓声をかけられる人もいた。
本能寺の変は、いまだ謎の多い事件。
2020年の大河ドラマにも明智光秀が選ばれ、あっと驚く新説が語られるに違いない。
純粋に、ひいきめ無しに歴史ドラマとして楽しめた。
舞台設備も何もない、黒と赤だけの舞台で、人しかいないのに、どうしてこう、まわりの情景も見えてくるのだろう?
面白いものである。
ところで、光秀も最終的には主役?いや、家康もかなり主役に近い?
いややっぱり秀吉が一番、出番多かったかな?
いや、総合的には光秀???
と要らない感想を持ち始めたところ、すぐにカーテンコール。
10数名の大勢のキャストの一番上の真ん中に、最後に登壇し、
「本日はお越しいただいて誠にありがとうございました!」
と腹から声を出して、お辞儀を指揮したのは、紛れもなく、主役の、秀吉役の、我々の同僚だった。
大学時代に、演劇の面白さに”はまった”と聞いている。
劇中の彼の言葉を借りれば、「出番(でば)が終われば、人は人生という舞台を降りるだけ。」
決して目立ちたがりでない(役者の中には、そういう人も少なからずいるだろう。今日もそう思った)。
むしろ物静かな彼が、役者という本業に心底打ち込むのは、そんな、いろいろな人の出番=人生を何回も経験できることに、楽しさを見出したからかもしれない。
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